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教育旅行の効用について

更新日: 公開日:2023年5月29日 教育旅行・修学旅行・留学
教育旅行の効用について

教育旅行というと、すぐ頭に浮かぶのは「修学旅行」ではないでしょうか。教育旅行の定義では学校行事の旅行、集団宿泊的行事である修学旅行以外にも、遠足、移動教室、合宿、野外活動などが含まれると言われております。また、語学研修などに代表される海外研修旅行も教育旅行に含まれると言われますので、学校行事だけではなく個人参加の旅行や企業研修等も一種の教育旅行と考えられるはずです。
そもそも旅行自体の目的として、「観光」「食事」「体験」「リフレッシュ」などがあり、その効能として「癒し」「気づき」「学び」などがあると言われます。昔から「可愛い子には旅をさせよ」とあるように、教育旅行というカテゴリー分けをせずとも、旅そのものに教育的効果があることは間違いありません。しかしながら、その学習効果や教育効果に対しては、定量的に測定がされていないという課題があると言われます。このコラムでは教育旅行が旅行者のスキルやコンピテンシーに対してどのような変化をもたらすのかを考えてみたいと思います。

修学旅行の歴史

修学旅行の歴史

そもそも、修学旅行とはどのような目的を持っているのでしょうか。現在、文部科学省が発行している学習指導要領では特別活動の中に位置づけされ、旅行・集団宿泊的行事として、 「平素と異なる生活環境にあって、見聞を広め、自然や文化などに親しむとともに、集団生活の在り方や公衆道徳などについての望ましい体験を積むことができるような活動を行うこと。」と記載されています。要約をすると、「普段と違う環境で望ましい体験を積む」となりますが、望ましい体験とはどのような事を指すのか不明瞭ですし、「望ましい」という言葉が十分に事前準備がされた体験をイメージしてしまい、保守的というか受動的に聞こえます。

では、修学旅行は創設時からこのような目的を持っていたのでしょうか。東京大学の藤田氏・家田氏がまとめた研究『修学旅行にみる旅の意義』によると、文部省普通学務局が1900年に『独国の修学旅行』を刊行しており、その内容には、普段の教科学習の延長として旅先で実物を見る事の他、外出して生徒が普段見せない性格を現し、生徒自らに判断を求めることに修学旅行を見出しているとあります。すなわち「生の体験」と生徒自身に任せる「判断力」を要請していたことがわかりました。また当時の明治政府はドイツの修学旅行をモデルにしていたとされ、それを発展させて「自己錬磨」を採用したとされています。しかしながら、1955年に瀬戸内海で起きた連絡船「紫雲丸」と貨物船の衝突による沈没事故により修学旅行生を含む168名が犠牲となったことを契機に、安全性が問われることとなり、以後は自主性よりも、計画・実施・事後の指導に力点が置かれ、生徒が臨機応変な行動を起こすことの期待よりも、知識や道徳に傾倒して危険な行動を阻止し、教職員が管理することが求められて現在に至ります。

時代背景の変化ではありますが、果たしてこのような修学旅行が本当に望ましい体験なのでしょうか?先生や旅行会社の大人たちが決めた行程を、その期待通りに安全に終える事が目的であれば、「生の体験」ではなく「準備された体験」であり、「判断」する力も不要です。

海外の教育旅行

海外の教育旅行

ギャップイヤーという言葉をご存じでしょうか。ギャップイヤーとは、主に大学生が入学前、在学中、卒業後の就職するまでの時期に、留学やインターンシップ、ボランティア等の社会体験活動を行うために猶予を与える制度です。日本ではまだまだなじみの薄い制度ではありますが、イギリスでは全学生の6%がギャップイヤーを利用しているそうです。また、JAGP代表理事の砂田氏がまとめた「ギャップイヤー導入による国際競争力を持つ人の人材育成」によると、学生は自主的に3か月〜24か月の期間に、留学やインターンシップなど社会体験活動を行います。日本のような新卒一括採用の仕組みが無いため、在学中だけでなく大学卒業後のスキルアップや能力開発として多くの利用者が出ているそうです。

また、南アフリカのAfrican Leadership Academyがギャップイヤーで身につく能力の可能性として、次の10の資質を記載しています。

・International Perspective 国際的視野
・Decision making 意思決定力
・Relationship building 関係性構築力
・Problem solving and Resourcefulness 問題解決力と工夫
・Communication,especially across cultures 異文化コミュニケーション
・Organization and Responsibility 組織力と責任
・Teamwork and Flexibility チームワークと柔軟性
・Maturity and Self-Awareness 成熟と自覚
・Independence and Self-Confidence 独立性と自信
・Language Fluency 言語能力

これらを見ると、先ほどの修学旅行で得られる「生の体験」と「判断力」に近い効用が含まれており、いわゆるジェネリックスキルであると考えられます。

修学旅行の効果

ここまでで海外旅行が能力やスキルの開発に何らかの影響を与える可能性が高いことがわかりました。しかしながら明確にその効果を実証したケースはあまりありません。2020年に立教大学の宮川氏、小口氏が「海外修学旅行がもたらす心理的効果」の論文で、ジェネリックスキルに対する変化を考察しています。そこでは海外修学旅行に参加をする高校生に対してジェネリックスキル尺度の得点変化を測定しましたが、定量的なスキル変化は認められなかったとあります。しかしながら、修学旅行そのものへの参加が自主的に企画をした旅行で無かったため、企画への参画や事前準備や旅行後の振り返り、旅行回数などによって変化する可能性を示唆しています。

探求的な学習

探求的な学習

2002年度の学習指導要領の改訂に伴い、学校教育の中に総合的な学習の時間が導入されました。そして令和4年度に改訂された「今、求められる力を高める総合的な学習の時間の展開(中学校編)」(文部科学省)には以下のように記載があります。

今回の改訂においては、「横断的・総合的な学習」を、「探究的な見方・考え方」を働かせて行うことを通して、よりよく課題を解決し、自己の生き方を考えていくための「資質・能力」を育成することを目指している。この「探究的な見方・考え方」とは、各教科等における見方・考え方を総合的に活用するとともに、広範な事象を多様な角度から俯瞰して捉え、実社会・実生活の課題を探究し、自己の生き方を問い続けることであると言える。つまり、探究的な見方・考え方を働かせるということは、これまでの総合的な学習の時間において大切にしてきた「探究的な学習」の一層の充実が求められていると考えることができる。

探究的な学習とするためには、学習過程が以下のようになることが重要である。

①【課題の設定】
体験活動などを通して、課題を設定し課題意識をもつ
②【情報の収集】
必要な情報を取り出したり収集したりする
③【整理・分析】
収集した情報を、整理したり分析したりして思考する
④【まとめ・表現】
気付きや発見、自分の考えなどをまとめ、判断し、表現する

また、「他者と協働して主体的に取り組む学習活動にすること」の中で、総合的な学習の時間においては、目標にも明示されているように、特に、異なる多様な他者と協働して主体的に課題を解決しようとする学習活動を重視する必要がある。それは、多様な考え方をもつ他者と適切に関わり合ったり、社会に積極的に参画したり貢献したりする資質・能力の育成につながるからである。また、協働的に学ぶことにより、探究的な学習として、生徒の学習の質を高めることにつながるからである。そしてその前提として、何のために学ぶのか、どのように学ぶのかということを生徒自身が考え、主体的に学ぶ学習が基盤にあることが重要である。

要約をすると、総合的な学習の時間において探究的な学習の充実が求められており、探究学習とは、自ら課題を設定し、必要な情報の収集を行い、整理分析をした後に、自分の考えを表現することを繰り返すことをいい、そのためには主体的に多様な考えをもつ他者と協働的に学ぶことが重要であると述べています。

探究的な学習と旅行

近年、修学旅行や研修旅行の実施に際して変化が生まれております。これまでの平和学習や歴史学習を中心に置いた観光だけでなく、民泊の利用や農村や漁村での地域住民とのふれあいを元にした体験学習、SDGsをテーマとした地域や企業の取り組みを講演や体験などとして盛り込むコースが増えております。また、主体的に修学旅行へ取り組む為に事前学習で旅行のプランニングを行い、参加後の学習では現地で取り組んだ課題に対する発表を行うなど、探究的な学習時間を用いて修学旅行などの校外学習の効果を増幅させる取り組みも増加しております。

コロナ禍によって修学旅行や校外学習の在り方が大きく変化をしました。健康面や衛生面におけるリスク、対外的な印象や声、安全管理の不安などを理由に、校外学習の実施を見送る学校が多くありました。一方でオンラインを併用したハイブリッド学習という新たな取り組みが生まれることにもなりました。そして国際的な人の往来が戻り始め、修学旅行や校外学習の見直しが行われている現在があります。

日本の国際競争力が低下していると言われている昨今、日本国内での歴史学習や平和学習だけではなく、世界基準で考えた平和学習やその背景に置ける歴史学習を「生の体験」で得る事、探究的に学習することが今後の日本を背負う若者には必要ではないかと考えます。

教育旅行の効用の今後

ここまで、教育旅行はスキルの変化に何らかの影響を与える可能性があることがわかりました。但しそのためには、自主性を持って企画や計画の段階から関わる事が必要性があると言われております。旅は大きな気づきを与えてくれます。その気づきは思考や行動に変化を与えます。一方でその大きな気づきや高揚も、大概の人は一週間もしないうちに忘れてしまい「思い出」と変わります。コンピテンシーに変化を与えない要因はここにあるのではないかと思われます。探究的な学習にあるように、旅の気づきから生まれた思考や行動を継続させることが出来るようになればコンピテンシーの変化も生まれてくるのではないでしょうか。私たち旅行業者の今後の課題と捉えて行きたいと考えます。

株式会社エイチ・アイ・エス
法人営業本部 教育旅行事業グループ 小林強一

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