海外赴任の事前準備と滞在中のケアは人事の仕事?
現地の仕事?
海外赴任の事前準備と滞在中のケアは人事の仕事でしょうか?それとも現地の仕事でしょうか? 企業の成長において重要な赴任者の成功を支えるため、本社人事部門と現地法人の業務分担と主導権の握り方について解説します。
各部署の業務分担は明確ですか?
世界的なコロナ規制の緩和は、グローバルなビジネス・人の流れを加速させています。
日本経済の成長鈍化や新興国市場のさらなる発展を念頭に、持続可能な経営のために海外進出を検討・推進している日本企業は多いでしょう。外務省の統計によれば、海外進出をする日系企業の拠点数は2019年から2022年にかけて8000拠点ほど増加しています。
企業が海外進出を果たすにあたって日本から赴任する現地駐在員の確保は欠かせません。海外拠点をもつ多くの企業は、日本にいる人員を一時的な海外赴任者として現地へ送り出しています。海外赴任は、企業の成長という意味合いだけでなく、従業員の視点でも自身のキャリアアップにとって重要なステップとして捉えられています。一方で、その成功は赴任者の事前準備と滞在中のケアに大きく依存することも事実です。日本とは言語・文化・気候とあらゆる環境が異なる海外において、十分なパフォーマンスを発揮するにはそれ相応のサポートが必要です。
海外赴任を実行するにあたっては人事・総務・海外ビジネス部門・現地法人・現場管理者など多くの社内部署・関係者が介在します。「これは海外事業部でやってほしい。」「それは人事の仕事でしょう。」「現地法人に問い合わせればいいの?」など、組織間の分担に悩まされるケースも多いのではないでしょうか。 これらのプロセスは、組織としてどのように分担されるのが適切なのでしょうか。
今回のコラムでは、日本本社の人事部門と現地法人の間でどのように業務が分担され、どちらが主導権を握るべきかという問題にフォーカスをし、解説をしていきます。
各部署の業務分担は明確ですか?
主導権の在り方とその理由
結論から述べると、海外赴任者に対する事前準備から滞在中のケア、帰国後のキャリアパスの整備まで、一貫して本社人事部門が主導権を握るべきだといえます。
なぜなら企業が従業員に対して負う安全配慮義務や福利・待遇保証の観点から、危機発生時に迅速に対応したり全社的な公平性を担保できるよう、本社人事部門が全体を把握し管理する体制の構築が必要だからです。
一方、現地法人しか知り得ない情報の提供や、言語・生活・文化への適応など各国ごとに柔軟に対応すべき範囲の仕事、実務上のサポートケアなどは、本社人事部門の監督下で現地法人が主体的に実施すべき内容といえます。たしかに本社人事部門が現地の詳細な情報まで正確に把握することは困難ですし、効率性の観点からもそれを担う必要がないと考えられるでしょう。そのため現地法人には、本社人事部門が定める方針の下で赴任者に対して的確なサポートを行うことが求められます。
赴任者に対する管理部門の業務一覧
そもそも本社人事部門と現地法人を含めた管理部門が担う、赴任者の事前準備と滞在中のケアにおける業務にはどのようなものがあるのでしょうか。代表的なものを列挙します。
1 | 赴任者の選定 | 業務特性や要件を踏まえ、公募または社命によって赴任者を選定します。 |
---|---|---|
2 | パスポートの確認・更新 | 有効期限が切れていないか確認し、必要であれば更新を行います。 |
3 | ビザの取得 | 赴任先の国によっては、ビザが必要な場合があります。 必要な書類を揃え、申請を行います。 |
4 | 健康診断・予防接種 | 赴任先の国によっては、特定の病気の予防接種が必要な場合があります。 また、健康診断を受けさせ体調管理を促します。 |
5 | 国際運転免許の取得 | 赴任先で車を運転する予定がある場合、国際運転免許証が必要です。 |
6 | 住居の手配 | 赴任先の住居を手配します。 家具や家電が必要な場合は、それらの手配も行います。 |
7 | 通信環境の確認・手配 | インターネットや携帯電話の通信環境を確認し、必要であれば手配を行います。 |
8 | 保険の加入 | 海外での医療費や事故に備え、適切な保険に加入します。 |
9 | 銀行口座の開設 | 赴任先の国での生活費や給与振込のために、現地の銀行口座を開設します。 |
10 | 税金・社会保険の手続き | 赴任先の国の税金や社会保険の手続きを行います。 |
11 | 荷物の発送 | 必要な荷物を赴任先まで発送します。 |
12 | 航空券の手配 | 赴任先までの航空券を手配します。 必要であれば事前視察用の出張を計画し、それらの手配も行います。 |
13 | 言語学習 | 赴任先の国の言語を習得できるようにサポートし、コミュニケーション能力を向上させます。 |
14 | 家族の手続き | 家族が同伴する場合、学校や医療機関などの手配を行います。 |
15 | 日本国内の手続き | 日本国内の住居の解約、公共料金の支払い、郵便の転送などの手続きを行います。 |
16 | オリエンテーションの実施 | 赴任先の国の文化や習慣を学び、適応するための準備をします。 |
17 | 生活面のサポート | 現地の生活情報を確認し、必要なサポートを準備します。 |
18 | 業務面のサポート | OJTや面談などを行い、業務遂行に必要なサポートを準備します。 |
19 | 危機管理 | 現地で災害や戦争・テロ・パンデミックなどが起きた場合を想定し、各種危機対応策を講じます。 |
20 | 赴任手当・福利厚生の実施 | 規定を整備し、必要な手当の支給や福利厚生の提供を行います。 |
21 | メディカルケア | 滞在中の急な疾病・怪我・メンタル面の不調を負った場合を想定し、各種メディカルケアの対応策を講じます。 |
本社人事部門の役割
本社人事部門は前章のすべてにわたって全体を管理し統括する役割が求められます。
特に、①赴任者選定・研修実施・②パスポートや③ビザ手続き⑥⑪⑮住居と引っ越しの手配④健康診断と予防接種⑨銀行口座開設⑩税金保険手続きなどは本社人事部門が担う実務です。
また渡航後も、現地法人と連携して全体の把握に努めるとともに、⑲危機管理体制の構築㉑ヘルスケアの実施・待遇や⑳生活水準に対する調査と改善・各種手当の支給などは本社人事部門が主体的に実行すべき内容といえるでしょう。
現地法人の役割
現地法人は現地の詳細な情報を収集し、赴任者と本社人事部門に適切に提供する役割が求められます。特に現地固有の情報や柔軟に対応すべき事項は、本社人事部門の監督下で現地法人が主体的に実施すべき業務といえるでしょう。
具体的には、⑯オリエンテーションの実施⑰生活や文化への順応サポート⑱業務への順応サポートが主な担当領域です。オリエンテーションでは、現地の文化や習慣・ルールを理解するためのガイダンスを提供します。また生活サポートでは、現地の生活に必要な情報やリソースを提供し、業務サポートには新しい職場での業務遂行ができるようOJTや個別面談などが含まれます。
両者の連携の重要性
本社人事部門と現地法人が適切に連携することで、赴任者の準備とケアがスムーズに行われます。さらに言えば本社人事部門が全体を統括する一方で、現地法人との情報交換も欠かせません。それらを踏まえることで本社人事部門が現地法人と共同で赴任者の選定を行い、現地法人は本社人事部門に現地の情報や業務特性を正確に伝える仕組みができ、より適切な人選と事前準備が可能になります。
また、現地法人が本社人事部門の方針に沿って連携しながら赴任者の生活や業務のサポートを行うことで、赴任者が異文化生活の中でも最大限のパフォーマンスを発揮するための最適な環境を整備することができます。
最後に
このように、本社人事部門と現地法人がそれぞれの役割を理解し、適切に連携することで、海外赴任者の準備から滞在中のケア、帰国後のキャリアパスの整備までを円滑に進めることが可能となります。本社人事部門が全体の管理と統括を行い、現地法人が現地の情報提供とサポートを担当することで、企業全体としての公平性を保ちつつ、個々の赴任者が最大限のパフォーマンスを発揮できる環境を整備することになるのです。
また、このような体制は、企業が従業員に対して負う安全配慮義務や福利・待遇保証を適切に果たすためにも重要です。危機発生時に迅速に対応し、全社的な公平性を保つためには、本社人事部門が全体を把握し、現地法人が現地状況を詳細に理解していることが求められます。 したがって、本社人事部門と現地法人の連携は、海外赴任者の成功にとって不可欠な要素であり、その重要性は今後も増していくことでしょう。