海外赴任者のメンタルヘルスケア~法的責任を果たし事業の安定性を保つために~
異国の慣れない環境で仕事をする海外赴任者にはメンタルヘルスの問題がつきものです。
海外赴任者のメンタルヘルスケアについて、以下のような課題はありませんか?
・海外駐在中や帰国後の休職・離職率が高い
・社命で赴任を命じることがあるが、該当者から不満の声があがった
・本人の希望で赴任を命じたが、期待したパフォーマンスを発揮できていない
企業の法的責任や事業の安定という観点から、海外赴任者に対するメンタルヘルスケアで留意すべきポイントを解説します。
海外赴任者に対するメンタルヘルスケアは適切に行われていますか?
文部科学省などの報告によれば、国際協力機関の海外赴任職員が中途帰国を余儀なくされる理由は、交通事故など不慮の事故が最も多く、次が精神疾患や自殺企図などメンタルヘルスの問題とされています。
従業員を海外に派遣する企業にとっても、海外赴任者のメンタルヘルスの問題は無視できないリスクといえます。
海外赴任者は、日本国内で勤務する場合と比較し、文化的な違いや言葉の壁などの複数の要素から、社会的孤立を感じやすく精神的な不調に陥りやすい環境にいます。日本で勤務している従業員に対するメンタルヘルスケアも当然必要ですが、海外赴任者に対しては、日本との環境の違いを念頭におき、より手厚いサポートが必要です。
メンタルヘルスケアが必要な2つの理由
企業が海外赴任者に対してメンタルヘルスケアを講じるべき理由は大きく分けて2つあります。
1つ目は、生産性向上・離職率低下による事業安定性の確保です。
メンタルヘルスが良好な従業員は、集中力や創造性が高まり、生産性が向上します。海外赴任者に最大のパフォーマンスを発揮してもらうことは、企業の事業成長に直結します。 反対に、ストレスや不安などメンタルヘルス上の問題がある場合、パフォーマンスが低下するばかりでなく、休職や離職などの結果を招く恐れがあります。専門性の高い海外赴任者の喪失は、人材の確保と維持、そして再教育のコストという観点で事業の安定性を低下させます。
2つ目は、安全配慮義務を含む法的責任です。
企業には従業員の安全と健康に配慮する法的責任があります。従業員に対しメンタルヘルスケアを含む心身の健康に配慮する義務があり、これを怠ると訴訟や社会的批判に晒され、大きな損害を生じる可能性があります。
労働契約法第5条
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
労働安全衛生法第3条
事業者は、単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない。また、事業者は、国が実施する労働災害の防止に関する施策に協力するようにしなければならない。
厚労省が定める「4つのケア」
労働安全衛生法に基づき、企業には継続的かつ計画的なメンタルヘルスケアを行うことが求められています。
労働安全衛生法第69条
事業者は、労働者に対する健康教育および健康相談その他労働者の健康の保持増進を図るため必要な措置を継続的かつ計画的に講ずるように努めなければならない。
ケアの種類 | ケアの主体 | 企業の行動の例 |
---|---|---|
セルフケア | 労働者 | ストレスチェックの実施やストレスへの対処法の周知を通じ、 従業員が自分自身でメンタルヘルスケアを行えるような環境を整えること |
ラインによるケア | 管理監督者 | 部下の「いつもと違う」に気づいたり相談に適切に応じたりできるよう研修や エスカレーション用部署設置などを通じて環境を整えること |
事業場内産業保健スタッフ等によるケア | 産業医、衛生管理者等 | 企業内のメンタルヘルスケアの実施企画を立案できるよう方針を定め 専門的知見の獲得を援助すること |
事業場外資源によるケア | 外部機関、専門家 | メンタルヘルスケア整備にあたっての情報提供や諮問を行うこと 従業員や衛生管理者が相談できるような環境を整備し周知すること |
海外赴任者が陥りやすいメンタルヘルス問題の具体例
海外赴任者の生活は、日本国内で勤務する場合と比較し、文化的な違いや言葉の壁などの複数の要素から、社会的孤立を感じやすく精神的な不調に陥りやすい環境にあります。在英日本大使館は、海外赴任者が置かれた個別の状況を分析し、次のような点を指摘しています。
①社命など必ずしも本人の希望ではない赴任の場合
生物学的に変化を好まない人間にとって、言語・文化習慣・周囲の人との繋がり・生活環境などが一変する海外赴任は多大なストレスとなります。結果、些細なことに動揺したり、被害念慮を生じたりする恐れがあります。精神的苦痛を覚え、そのような環境を強いる会社に対して落胆し、業務パフォーマンスが低下し、周囲の人間関係をさらに悪化させる可能性があります。
②社内公募など本人の希望による赴任の場合
強い期待をもって変化を受け入れようとしますが、同時にプレッシャーも大きくなります。実際に働き始め、理想の自分とのギャップを感じたり、前任者のようなパフォーマンスを発揮できていないと感じたりすると、プレッシャーが心を蝕み、無理をしたり自己否定につながる危険があります。
社命によるものを含め、海外赴任は悪ではありません。むしろ、企業と従業員の両方にとって成長をもたらす重要な経済活動です。 だからこそ、企業は従業員のメンタルヘルスを注視し、起こり得るメンタルヘルスの問題を予見して対処法を定め、従業員の離職や訴訟などの事態を招かないようにすることが必要です。
まとめ
企業がメンタルヘルスケアを行うべき理由は、生産性向上・離職率低下による事業安定性の確保と、従業員の安全と健康に配慮する法的責任の2つが挙げられます。 特に海外赴任者は、日本国内で勤務する場合と比較し、文化的な違いや言葉の壁などの複数の要素から、社会的孤立を感じやすく精神的な不調に陥りやすい傾向にあります。そのため、企業はその状況を理解した上で、メンタルヘルス問題を予見し、対処法を定めることが求められます。